「すきまたゆたう」

文化は移動と共に。
アフリカに起源を持つ人類は10万年をかけて地球上に広く拡散しました。狩猟採集生活の時代より、行く先々で起こる新しい出来事に刺激を受け、行く手を阻む困難を克服しながら、途方もない時間と距離を渡った経験の蓄積が現代人の知識と技術の基盤となりました。
馬の背に跨ることで自身を超える能力を得た人間は地域間での交流を加速し、それぞれの文化を伝えたことでしょう。車輪の登場で効率よく多くの物資を運び、近代には動力を発明、科学技術の発達は空を飛ぶことも可能とし、縦横無尽に世界を移動しています。広大な距離を超える移動の必要と欲求は、現代の多様で複雑な文化の源であったと言えます。
しかしこの移動は、そのために要するエネルギー資源の採掘や開発によって地球を枯渇、汚染させ、時にその資源を巡っての争いも引き起こしました。また地域特有の動植物の生息環境を掻き混ぜて生態系にも影響を及ぼしています。そして今度は移動そのものがパンデミックの引金となり、私たちの生命と共にこれまでの移動の自由を脅かしています。有史以来続く、移動を前提とする社会形成の過程でいつしか孕んだ利己的な価値基準を私たちは問い直す時期にさしかかっているのかもしれません。
高知県須崎市――人口20‚688人(2021年10月末現在)――ここは山地の沈降によって出来た複雑な地形を持つ海岸線の隙間を縫い、貨物船や漁船が行き交う海のまちです。穏やかな海と豊かな漁場を生んだ地理的な好条件により、地域の交通と物流の要所としてかつて賑わったこのまちの街道の往来は、モビリティの変遷に伴い、途絶えてしまいました。効率とスピードの遠心力は町並みの活気を振り払いましたが、昔を知る人々の記憶はそこにまだ取り残されています。
今、この街では新しいまちづくりの準備が進められています。知の集積地となる図書館、街の玄関口の鉄道駅舎、海のまちを象徴する魚市場、豊かな自然を活かしたアクティビティの拠点、住民の自治を促す集落活動センターの新設や改修など自治体が主導する大きな取り組みの他、地域に住まう個人が新たに始める小商いの取り組みも始まっています。地域再生への期待が高まる中、記憶をなぞる事だけに留まらないオルタナティヴなまちづくりへのアプローチにアートは参画できないでしょうか。
2014年より毎年、須崎市では小さなアートプロジェクト「現代地方譚」が開催されています。他の地からやってきたアーティストと交流し、彼らが作った作品を間近に観る”体験”を通じ、アートに親しみながら、自然と開発、災害、食について、様々な課題を抱えながらも暮らしていく“私たちの地域”への関心を、私たち自身に引き寄せることで、未来を語り合う。このプロジェクトがそのきっかけとなることを望んでいます。
しかし昨年、その場に赴き、体験し、語り合うということが制限される事態になってしまいました。移動すること、体験することを基に確立してきたアートプロジェクトが、移動を制限された時、どうふるまえるのか、私たちはこれまで関わったアーティストをはじめ、おちこちのひびきに耳を傾けることにしました。世界が一様に停滞した状況に落ちいった中でもアーティスト達は制作の手を止めてはいませんでした。それぞれが世界を見つめ、営みを模索し続けています。
幾重ものパラドクスを引き受けながら、私たちも今回、“すきま”をテーマに選びアートの営みを続けます。再生の途上で、老朽化により解体された家屋が更地となりできた町並みの隙間、後継者がおらず増えていく商店街の隙間、狭道(せど)と呼ばれる、開発の手の入らない入り組んだ路地裏に眼差しを向け、これからの数年をかけて出来ていく新しい町並みに思いを馳せながら、まちのすきまをたゆたいます。
(すさき芸術のまちづくり実行委員会)
テーマ現代地方譚9 すきまたゆたう
主催すさき芸術のまちづくり実行委員会、すさきまちかどギャラリー、須崎市
共催須崎市立市民文化会館
助成一般財団法人 地域創造
お問い合わせ先すさきまちかどギャラリー
TEL:050-8803-8668
住所:〒785-0004 高知県須崎市青木町1−16

参加アーティスト

開催プログラム